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無偏無党、王道堂々たり矣

 今回は『中庸の徳』と『勝海舟のお手紙』のショートコラムです/

 以前、私(高見彰)は、コラムで子供たちは勉強とスポーツのどちらに偏ることなく「文武両道」で両方とも頑張るのが「中庸の徳」と述べました。
 その後、コラムを読まれた古典に詳しい知人より『中庸の徳』について教えて頂きましたので皆さまにご紹介いたします。

 私はいままで『中庸の徳』を「バランスが大切」位に単純に考えていましたが、実はバランスだけではなく「如何なる状況や環境でも、的を得た最善の考え方や行動が出来る徳」を意味しているのだそうです。
 そして四書の中で『中庸』が最も難解で最後に勉強する本とされ、孔子は人格者であっても絶えず中庸ある行動をするのは難しいと仰られているそうです。

子曰く、
中庸の徳たるや、其れ至れるかな。民鮮(すく)なきこと久し。(論語より)

(概意:中庸は最上の徳です。しかし実践できる人を見かけなくなってしまった。)

 
 私自身、理解が至らない部分が多いのですが、お話を聞いて思い浮かべたのが江戸城無血開城のために勝海舟が山岡鉄舟に託した西郷隆盛宛ての手紙にある有名な冒頭文です。

『 無偏無党、王道堂々たり矣 』

※「矣」は、確認・断定を表す置き字で発音しません。

この言葉、凄くカッコいいと思いませんか? 敗軍の将が勝軍の将に宛てた手紙とは考えられない位に威風堂々とした文書で、私は大好きです。

「無偏無党、王道堂々たり矣」は、まさに中庸であり、
「俺は(尊王攘夷とか佐幕とか)思想や主義主張には偏らず、どの徒党にも属さない。ただ日本国の将来と人々の幸せのために王道を堂々と実践しているが、お前はどうなんだ?」
という西郷どんへのメッセージが込められているのではないでしょうか。

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 それでは最後に、知人から教えて頂いた「道」を志す修行者が何度も繰り返し素読して悟らなければいけない『中庸』の重要な一節をご紹介いたします。この言葉は、古代中国の聖王である舜(しゅん)が禹(う)に王位を禅譲する時に伝授した訓戒です。

人心惟危 (人心これ危うく)
道心惟微 (道心これ微なり)
惟精惟一 (これ精これ一)
允執厥中 (まことにその中をとれ)

・概意
人心(欲・煩悩)には危うさがあり、道心(道を求める心)は微かである。
この心の中にある二つの声を聞き分けて真(最善)の道を執りなさい。
 
高見空手も『無偏無党、王道堂々たり矣。』に倣い、人心に惑わされ偏ることなく、道心に従って日本武道空手道という天下の王道の真ん中を堂々と歩んでいきたいと思います。

~ 無偏無党、『武』の王道堂々たり矣 ~
高見彰 押忍!

参考:勝海舟が山岡鉄舟に託した西郷隆盛への手紙

 無偏無党、王道堂々たり矣。今官軍鄙府(ひふ:江戸のこと)に逼(せま)るといえども、君臣謹んで恭順の道を守るは、我が徳川氏の土民といえども皇国の一民なるを以ての故なり。且つ皇国当今の形勢は昔時に異なり、兄弟牆(かき)にせめげどもその侮りを防ぐの時なるを知ればなり。

 然りといえども鄙府四方八達、士民数万往来して、不教の民、我主の意を解せず、或はこの大変に乗じて不軌を計るの徒、鎮撫尽力余力を残さずといえども、終にその甲斐無し。今日無事といえども、明日の変誠に計り難し。小臣殊に鎮撫力殆ど尽き、手を下すの道無く、空しく飛丸の下に憤死を決するのみ。

 然りといえども後宮の尊位(静寛院宮、あるいは天璋院か)、一朝この不測の変に到らば、頑民無頼の徒、何等の大変牆内(しょうない)に発すべきや、日夜焦慮す。恭順の道、これにより破るといえども、如何せむ、その統御の道無き事を。唯、軍門参謀諸君、よくその情実を詳らかにし、その条理を正さんことを。且つ百年の公評を以て、泉下に期すに在るのみ。

 嗚呼痛ましいかな、上下道隔たる。皇国の存亡を以て心とする者少なく、小臣悲歎して訴えざるを得ざる処なり。その御処置の如きは、敢えて陳述する所にあらず。正ならば皇国の大幸、一点不正の御挙あらば皇国瓦解、乱民賊子の名、千載の下、消ゆる所なからむか。小臣推参して、その情実を哀訴せんとすれども、士民沸騰、半日も去るあたわず。ただ愁苦して鎮撫す。果たしてその労するも、また功なきを知る。然れども、その志達せざるは天なり。ここに到りこの際において何ぞ疑いを存せむや。恐惶謹言。

三月五日
参謀軍門下
勝 安房

武を学ぶ者は経を治めざるべからず。(文武両道とは vol.2)

今回は、文武両道コラムの補足です。

 前々コラムで中江藤樹の「文と武は元来一徳」、貝原益軒「武芸の目的は、武徳の涵養にある」を紹介させて頂きましたが、その後、宮本武蔵も五輪書で次のように述べているのを見つけました。

武士は文武二道といひて二つの道を嗜む事、是道なり

 学者だけでなく純粋な兵法者の武蔵も述べていることから、武士たちが「文武両道」を宗としていたことがよくわかります。

武士の家訓

 ところで昔の‘文(学問)’の意味は、今と少しニュアンスが違い、「知識・科学」とともに「人としての道」(倫理・道徳)が大きなウェイトを占めていました。吉田松陰の「学は人たる所以を学ぶなり」の通り、「学問」イコール「人の道」と言っても過言ではありません。

 これは私も最近、桑田忠親 著「武士の家訓」(講談社学術文庫)を読んで改めて実感したところです。この本は、北条重時や北条早雲、毛利元就、黒田如水、加藤清正など、錚々たる武将が記した家訓や教訓が紹介されているのですが、内容は予想に反して戦国の世を生き延びるための厳しい「訓戒」や「掟」ではなく、「人の道」を説いたものばかりでした。また、書き方もお父さんが家族に宛てたお手紙のような感じです。

神仏を敬いなさい。
親孝行しなさい。
領民を労わりなさい。
乱暴な振る舞いはいけません。
大切なことは皆で話し合って決めなさい。
家柄に関わらず頑張っている家臣を重用しなさい。

…等々

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 更に面白かったのが、何故か家訓の本に載っていた織田信長の手紙です。これは木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)の浮気に苦しむ妻;ねね(おね)宛のもので、唯一、現存する信長直筆の手紙です。

▼ 織田信長がねねに宛てた手紙;現代語訳

 そなたが仰る通り、この度はこの地へ初めてやってきて、お会いできて嬉しく思いました。特に頂いた土産物の美しさはとても目に余るほどで、筆で表現しきれるのではありません。祝儀代わりにこちらからも何かをあげようと思いましたが、そちらからあまりに見事な品を持ってこられ、特に志を示す方法もみあたりません。ともかく今回は品物を贈るのはやめておきます。また次ぎに来た時に、お返しをしましょう。

 とりわけそなたの容貌、容姿は、いつぞやお会いした時、十であったものが二十ほどに見上げたものに美しくなっています。藤吉郎がしきりとそなたを不満であると申しておるとのこと。言語道断、全くけしからん事です。どこを探してもそなたほどの女性は、再びあの禿鼠(はげねずみ)には求め難い。これから後は、立ち振る舞いに用心し、いかにも正室らしく重々しくふるまい、悋気(嫉妬)などに陥ってはなりません。

 とはいえ女の役目もあるので、夫の女遊びを非難してもよいが、言うべき事を全ては言わないでもてなすのがよいでしょう。なお、この手紙は藤吉郎にも見せるように。

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 信長は、女性が読みやすいよう殆どひらがなで書き、わざわざ最後に「天下布武」の落款まで押しています^_^;

 この手紙からは、信長の繊細で女性をいたわり大切にする優しい男性像しか伝わってきません。しかも部下の妻から家庭の悩みを相談される戦国武将って…? ある意味、ここに本当の織田信長の姿、他の武将にはない魅力と凄さがあると思いました^ ^
 また、信長はじめ家訓を残した武将たちもそうですが、私たちの思っている武将たちの人物像は、小説やドラマによって作り上げられたもので、だいぶ実物とは違うのかもしれません。

 しかし、ねねから信長の手紙を見せられた秀吉のリアクションを想像して、思わず笑ってしまいました^_^;

「武道」の要件

 閑話休題、武士たちが志した文武両道の『文;学問』(人の道)について、吉田松陰が「未焚稿(みふんこう):学を論ずる一則」で次のように述べています。

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兵を学ぶ者は経を治めざるべからず。何となれば(兵)は凶器なり、逆徳なり。用ひて以て仁義の術を済(な)さんには、苟(いやしく)も経に通ずる者にあらずんば、安(いずく)んぞよく然らんや。

・概要
兵学を学ぶ者は経学(けいがく)を修めなければならない。凶器にも逆徳にもなる兵法を仁義の術として活用できるのは経学を修めた者だけである。

※経学;儒教の四書五経など経書で(人の道)を学ぶこと。

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 松陰の言う通り、『武』は「凶器・逆徳」にも「仁義の術」にも、どちらにもなります。そして『武』を「仁義の術」にするのは『人の道』です。だからこそ武士たちは「武文両道」でなく「文武両道」と 、あえて‘文’を先に立てたのではないでしょうか。

 現在、「文武両道」の‘文(学問)’の文字からは「人の道」の意味が薄れて「知識・科学」中心になりました。

一方 ‘武’に於いても昨今の格闘技ブームの影響からか、強さやテクニック、勝敗ばかりが論じられて競技偏重となってしまいました。しかし、まだまだ本物の武道団体も存在します。

 私たち高見空手もまた、古(いにしえ)の文武両道に倣い「人の道あってこその武道空手」として、礼に始まり礼に終わる稽古、試合後の残心(残身)など、道心(みちごころ)を以て空手道に励んでいます。

 武道である以上、強さや技術、実戦性は言わずもがな。なぜ高見空手の師範や先生方が「惻隠の情」や「孝行」「礼儀・礼節」「信義」などの指導に重きを置くのか。なぜ道場訓が経書(孟子)ベースなのか。皆さまには‘武道’を掲げた高見空手の取り組みをより深くご理解して頂けたかと思います。

~ 武を学ぶ者は経を治めざるべからず。 ~
高見彰 押忍!
 
以下のコラムもどうぞ!
武道教育のあり方~中学校の武道必修化を考える
 
 

五省(ごせい)

シュートコラムです。

 昨年、道場訓を考案している時期のことです。正拳コラム「火の玉オヤジの“なにくそ精神!”」の資料集めでPOP吉村さん出身の予科練を調べていた時、偶然、五省(ごせい)の存在を知りました。

 五省とは、旧大日本帝国海軍の士官学校である海軍兵学校にある五つの訓戒です。

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『 五 省 』

一、至誠に悖る勿かりしか
一、言行に恥づる勿かりしか
一、気力に缺くる勿かりしか
一、努力に憾み勿かりしか
一、不精に亘る勿かりしか

 これは1932年、兵学校校長であった松下元少将の考案によるものですが、当時、古参の海軍軍人には「リベラリズムと柔軟性を重んじる帝国海軍の伝統になじまない」と、不快感を表明する方が多くいた一方、終戦後にはアメリカ海軍の幹部が感銘を受けて英訳文をアナポリス海軍兵学校に掲示したのだそうです。

 道場訓の作成で呻吟していた私が五省の存在を知った時、そのまま高見空手の道場訓にしたいと思うくらい感動しました。しかしながら今も五省は、海上自衛隊幹部候補生学校と海上自衛隊第1術科学校が継承しているそうです。

▼海上自衛隊 第1術科学校『五省』
http://goo.gl/r6Xg3S

 日々の生活や武道修行において、五省は自分の言行を戒める素晴らしい名文なので、是非、皆さまにも知って頂きたく、当コラムで紹介させていただきます。

『文武両道』の本当の意味とは

 明日から始まる第87回選抜高等学校野球大会に愛媛県からは、今治西高と21世紀枠で松山東高が出場します。松山東高は、旧制松山中時代に夏目漱石が教壇に立ち、小説『坊っちゃん』の舞台にもなった進学校で、正岡子規が創設に関わった野球部から何人も東大に進学しています。また、今治西高も松山東高と並ぶ県内屈指の進学校です。

 まさに両校は『文武両道』を地でいく名門校です。

▼高校野球ドットコム
http://jump.cx/ej92D

 ところで『文武両道』は素晴らしい言葉ですが、皆さまは本来の意味をご存知でしょうか。もしかして『文』と『武』を相対の位置にある異なったものと認識していませんか?

 実は、文武両道の元々の意味は、今と少しニュアンスが異なります。本来は「上に立つ者の心得」「力・武器を持つ者(武士)の心得」として

『人の上に立つ者は、それに相応しい‘文事’と‘武芸’の両方を修めなければならない』

と云う『教え』の言葉でした。

 古くは史記に「文事ある者は必ず武備あり」と記され、文武は一体で偏ってはならないとされます。
 日本では、源頼朝の鎌倉幕府から明治維新に至るまで武家政権が続き、武士たちは、政(まつりごと)を執る者として、武芸と文事の両道が求められ、両道揃ってこその武士道となりました。

近江聖人と称えられた江戸時代初期の陽明学者である中江藤樹は、

「文と武は元来一徳であって、分かつことができない。したがって、武なき文、文なき武は共に真実の文ではなく、武でもない。」

と述べています。

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 また「養生訓」で有名な福岡藩の儒学者、貝原益軒は、

「武芸の直接の目的は、戦場の使、日常の使にあるが、究極の目的は、武徳の涵養にある。すなわち武芸により、心身を統治することである。」

と述べています。

 これは後に山岡鉄舟が示した武道修行の目的と同じで、現代の武道の在り方にも繋がっております。‘武’は‘文’あってこそ、初めて武徳たるのです。

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 そして明治維新により武家政治が終焉を迎えて以降、いつしか『文武両道』は「教えの言葉」から、`文'と`武'を異なるものとして学業とスポーツの両方に秀でた人を「評する言葉」へと変わっていきました。

しかし、私たち武道を志す者は、

『武芸と文事の両方を以って武道とし、文武共に修めなければいけない』

と云う「文武両道」本来の意味を忘れてはなりません。文武両道は、高見空手道場訓にある『拳魂歌心』の側面を示す言葉の一つなのですから^ ^

 私自身、この言葉にアメリカ留学時、大山泰彦師範に文事でも厳しくシゴかれた日々を改めて噛み締めております、押忍!

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 ところで、お世話になっている方から興味深いお話を聞きました。

 統計的ソースがないものの経営者はじめ社会で上に立ってご活躍されている方々は、学生時代に武道を経験した方(または現役)が多いと感じるそうです。

 これは文武両道『人の上に立つ者は、それに相応しい文事と武芸を修めなさい』の逆また真なりで、文事と武芸の両方を修めた方だからこそ、社会で人の上に立ってリーダーシップを発揮されているのではないでしょうか。

 学生時代、学業のみorスポーツのみと、どちらか一方に専念すれば確かによい成績を残こせるかも知れません。しかし、目先でなく長い目で見たら、子供たちにとって文武両道は、とても大切な教えであり「中庸の徳」と考えます。

 高見空手の子供達には、真の文武両道を身に付けて、将来、社会で大いに活躍して欲しいと思っています。

 最後に武道・スポーツの盛んな我らが郷土の愛媛県を代表して、今治西高と松山東高の野球部の皆さまには、甲子園で「文武両道」の精神を如何なく発揮してご活躍されますよう心からお祈り申し上げます。

高見 彰 押忍!

追伸、
『文武両道』森松道場の平松師範は、松山東高OBで卓球部の主将でした。また、平松師範の御父上は、松山東高野球部の創設者で‘野球’の名付け親でもある正岡子規の従兄弟です^ ^
 

追記:『文武両道』の英訳と類義語

 『文武両道』の英語は何か興味を持ちました。調べたら、様々な表現方法がありました。

『文武両道』の英訳例

・pen and sword
・Scholor-Athlete
・letters and arms
・studies and sports
・the arts of war and peace
・both in academics and sports
・scholarship and the martial arts
・a good student and a good athlete
・both the literary and military arts
…etc

 その中で私は、『 Scholor-Athlete 』が、今の意味でいちばんフィットしていると思いました。海外の学校で、Scholor-Athlete(学業成績優秀アスリート)の表彰制度があるからです。ご興味のある方は、試しにキーワード「Scholar-Athlete」で、Google画像検索してください。文武両道のエンブレムがいっぱい表示されます。海外のScholor-Athlete賞に倣い、日本の学校でも文武両道賞を設けたらよいかもしれないですね。

 また、シーンごと表現が変わることから、英語には『文武両道』という「熟語」が存在しないことが分かります。一方、日本には『文武両道』と同じ意味の「熟語」がいっぱいありました!

『文武両道』の類義語

『経文緯武/緯武経文』(けいぶんいぶ/いぶけいぶん)
『允文允武』(いんぶんいんぶ)
『好学尚武』(こうがくしょうぶ)
『右文左武』(ゆうぶんさぶ)
『知勇兼備』(ちゆうけんび)
『文事武備』(ぶんじぶび)
『文武一途』(ぶんぶいっと)
『文武兼資』(ぶんぶけんし)
『文武兼備』(ぶんぶけんび)

 シーンごと大きく表現が変わる英語と、日本語の類義語の多さから、改めて『文武両道』が東洋文化(特に日本の武士道)の言葉であることがわかります、押忍!
 
以下のコラムもどうぞ!
文武両道vol.2
武道教育のあり方~中学校の武道必修化を考える

道場訓外伝~聖徳太子の『十七条憲法』

 今回の正拳コラム「道場訓外伝」は、解説には書かなかった道場訓の補足や作成エピソードを書きたいと思います。

 お陰様で昨年12月23日(祝日)に高見空手 道場訓を公開しました。当初、24日や元旦の公開を検討しましたが、新・道場訓がクリスマスプレゼントやお年玉になってしまうので止めて、武道は日本古来の伝統なので天皇誕生日の公開とさせて頂きました。

NHK大河ドラマ『花燃ゆ』と『高見空手 道場訓』

 そして、偶然とでもいいましょうか! 道場訓を公開して二週間経たないうちにNHK大河ドラマ『花燃ゆ』が放送を開始しました。主人公の文や吉田松陰のセリフで孟子が脚光を浴び、その余徳で全国から多くの方々がここ高見空手ホームページを訪れて「孟子の四端説」ベースの高見空手 道場訓まで注目して頂きました。

新年早々、吉瑞です! 有り難うございます。

 本部道場では、稽古始めより新・道場訓を試験的に唱和していましたが、冬合宿で初めて公式に師範・先生方、門下生と百名を超える門下生で新・道場訓を唱和しました。その様子は「まる師範の合宿レポート」にある通りです。古典の書き下し文は小学生には難しいかもという心配は、子供たちの能力を見誤った私の杞憂でした。

 また偶然、教えて頂いたのですがドラマ『花燃ゆ』に出てくる長州藩校の明倫館は、現在、萩市立明倫小学校となり、毎日、子供たちは吉田松陰の教えを朗唱しているそうです。

▼明倫小学校
http://edu.city.hagi.lg.jp/meirin-e/
※左メニュー「朗唱について(朗唱文)」をクリック!

 これは素晴らしい道徳教育と思います。昔の小学校で行われた論語の素読のようです。明倫小学校の子供たちが朗唱する文書量には及びませんが、高見空手の小学生たちも稽古の終わりに元気な声で道場訓を唱和し、早くも「惻隠の心は仁の端なり…」と、覚えています。改めて子供たちの能力には驚かされました。
 
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聖徳太子の『十七条憲法和』と「礼譲親和」&「信義誠実」

 ところで道場訓の作成過程で「孟子の四端説」と「王陽明の事上練磨」をベースに大山倍達総裁の意志を受け継いだ内容にすることを決めましたが、次に文書フォームをどうするかという問題がありました。

 多くの団体・流派が「一、吾々は…こと」の箇条書きのため、私は他の箇条書きフォームがないか探して、「孫子」に次の一節を見つけました。

孫子 第一章 始計編
「一に曰く道、二に曰く天、三に曰く地、四に曰く将、五に曰く法。道とは、民をして上と意を同じくし、之と与に死す可く、之と与に生く可く、畏危せざらしむるなり。」

 そこで「一に曰く、惻隠の心は仁の端なり …」という箇条書きフォームを考えて、古典に詳しい先生に意見を求めたところ、

「それなら語尾を‘宗とせよ’にして、聖徳太子の『十七条憲法』第一条に倣ったらいい。君のモットーは『和』だからピッタリだよ!」

と、アドバイスを頂きました。

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聖徳太子 『十七条憲法』第一条

一に曰く、
和を以って貴しとなし、忤(さから)うこと無きを宗とせよ。
人みな党あり、また達(さと)れるもの少なし。
ここをもって、あるいは君父に順わず、また隣里に違う。
しかれども、上和ぎ下睦びて、事を論うに諧うときは、
すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらん。

(意味)
一にいう。
和を何よりも大切にして、いさかいを起こさないよう心掛けなさい。
人は徒党を組みたがるも人格者は少ない。
だから君主や父親に従わず、近隣の人たちともうまくいかない。
しかし、上の者も下の者も協調と親睦をもって論議すれば、
おのずから道理にかない、どんなことも成就するものだ。

 
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『一に曰く、和を以って貴しとなし、忤うこと無きを宗とせよ。』

 私は、この十七条憲法 第一条を読んだ瞬間、道場訓は、

「一に曰く、惻隠の心は仁の端なり 〇〇〇を宗とせよ」

のフォームしかないと直感しました。道場訓の上の句が孟子の言葉なので「一に曰く」「二に曰く」の箇条書きは「孟子曰く」の意味にもなり、本当にピッタリです。

 また、『和』について、改めて『十七条憲法』第一条より多くを教えられました。そこで文書フォームのみならず第三条に「三に曰く、辞譲の心は禮の端なり 礼譲親和を宗とせよ」と「親和」を入れて、『礼』とともに聖徳太子の『和』の精神を込めさせて頂いております。

 次に「禮(礼)の端なり」は、原文に倣いあえて旧字『』にしています。これは『』という漢字が「示:神を祀る祭壇、豊:供え物」によるものなので、十七条憲法の第二条に倣い、人に対する「礼」だけでなく、神仏に対する「礼と感謝」の意味も加味させて頂きました。

 他、『信義誠実』は、「信義にそむかず真心をもって誠実に行動する」という倫理上の規範ですが、道徳と法律の調和を図る法理にも用いられ、民法の第1条第2条に
「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない」
と定められました。これが『信義則(信義誠実の法則)』と言われる法原則です。

 そして実は、最初に信義則を法原則にしたのは聖徳太子で、『十七条憲法』第九条に
「九に曰わく、信はこれ義の本なり。事毎に信あれ。…」
と定めました。

 このように『和』の精神はじめ『十七条憲法』は、現代にも通じる内容で、改めて日本文化の礎を築いた聖徳太子の偉大さを感じました。

「羞悪(または廉恥)の心は義の端なり」の廉恥とは

孟子「羞悪之心義之端也」の書き下し文は、
「羞悪(または廉恥)の心は義の端なり」ですが、原文は「羞悪」のみで「廉恥」の文字は見当たりません。

「恥」について孟子は、四端説を述べている公孫丑章句上のところではなく、尽心章句上で次のように述べられてます。

『人は以て恥無かる可べからず。 恥無きを之れ恥ずれば、恥無し』

・現代語訳
「人は常に恥を存すべし。さすれば恥無し。」

『恥の人に於けるや大なり。人に若かざるを恥ざれば、何ぞ人に若くこと有らんや』

・現代語訳
「恥は人を人たらしめるに大なるものである。 巧みに偽りて是非を変ずる者は、恥ずべきことすらも恥じず。 足らざる自分を恥じざれば、どうして人たるを得るだろうか。」

 2つの孟子の「恥」の教えは、武士はじめ日本人における「恥の文化」に深く影響し、

西郷隆盛の信条
『節義廉恥(人としての正しい道を踏み行い恥を知ること)(出典;西郷南洲遺訓)

新渡戸稲造
『恥はすべての徳、善き道徳の土壌である。』(出典;武士道)

にもなりました。

 ただ、四端説における「廉恥」は日本独自の補足による解釈で、日本で「羞悪」という言葉が使われていなかったため、代わりに昔の武士たちが「(または廉恥)」と追記したとの説があるようです。

そこで高見空手 道場訓では

・四端説の「廉恥」は、日本の武士たち独自の解釈
・「廉恥」は、自分に向けられた言葉で修行・修身に相応しい
・西郷隆盛の「節義廉恥」と新渡戸稲造の「武士道」の教え

の3つの理由で「廉恥」を選び、
『廉恥の心は義の端なり 信義誠実を宗とせよ』
としました。

(高校や大学の漢文テストで四端説を「廉恥の心は義の端なり」と回答すると、先生によっては不正解にするかもしれないので注意してください)

 しかし、ルース・ベネディクト著『菊と刀』でも指摘されている日本の「恥の文化」にまで孟子の影響があったとは、本当に驚きました。たいへん勉強になりました。

東洋哲学と西洋哲学の違い

 高見空手 道場訓は、「孟子の四端説」「王陽明の事上練磨」など古典ベースに大山倍達総裁の意志を継いだものですが、そこには聖徳太子『和』の精神あり、更に山岡鉄舟の武士道、宮本武蔵の「鍛練」、西郷隆盛の「節義廉恥」まで含めると、聖人偉人てんこ盛り状態です。でも、手前味噌ながら私はこの道場訓を気に入っております。

ところで皆さまは、東洋哲学と西洋哲学の違いをご存知でしょうか。

 私が古典に詳しい先生から教えて頂いたことは、違いを一言で表せば「不立文字」「教外別伝」です。

「西洋哲学」は、書籍・論文などで難しい思想哲学が理論的に述べられています。

 ところが「東洋哲学」の四書五経やお経など古典の中身は、聖人偉人の会話などの言語録、エピソード集、例え話などがほとんどで、漢詩や和歌などポエムまであります。また、ひたすら座り続ける禅や儀礼など、行為そのものに思想哲学があったりします。

 この様に東洋哲学(聖人偉人の教え)の神髄は、行間を読んでその奥にある教えを悟り、また体験を通じて悟る「不立文字」「教外別伝」と、教えて頂きました。

 それゆえ東洋哲学は、人生経験や生活環境の違いなどによって、人それぞれ解釈する角度や深さ、悟る内容が違ってきます。ここに難解な理論・ロジックによって説明される西洋哲学とはまた違う、東洋哲学ならではの奥の深さと深遠さがあるのだそうです。

 当然、武道・武士道精神は「東洋哲学」であり、高見空手 道場訓は古典の教えがベースです。

 そこでいま検討しているのが、参段以上の昇段審査で『道場訓』の意味やご自身の解釈を述べて頂くことです。審査ではなく課題と言った方が適切でしょうか。

 古典ベースの道場訓を端諸にして、日本の武道精神に影響を及ぼした孟子や王陽明の教えや聖徳太子の「和」の精神など多岐に渡って言及でき、「拳魂歌心」や「礼譲親和」ひとつ取っても、道場生それぞれ様々な捉え方や悟り、オリジナリティーある解釈も成り立つと思います。

 検討中のため、後日、改めてご案内させて頂きますが、昇段審査での『道場訓』解釈を通じて、皆さまの武道精神がより深くより高くなって頂けたらと考え、また私自身も皆様から学ばせて頂けたらと思っています。

高見 彰 押忍!

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高見空手のビギナーズトーナメントです。

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