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スリランカ訪問記2017 vol.2 インド洋セミナーと社交界デビュー

21. August,2017 Monday

 大会の翌日は、AM5:30からクルネーガラ周辺をランニング(約5km)の早朝稽古から始まりました。

 範士が昨年来られた時の道路は凸凹のひどい状態だったそうで、整備されたランニングコースにスリランカの急成長を感じられそうです。

 ランニング後、湖に突きだすように出た円形の広い場所での基本稽古、階段を利用した試合形式のダッシュなど行いました。少しきついのではと思いましたが、今回は滞在期間が短いため、これも範士の思いやりと感じました。帰り道、ジェシリ師範代が湖を指さして大きな声をだしました。なんと『でかいワニ』です。普通に泳いでます。こんな近くにワニがいるのか、よく稽古したなと思いました。

 範士は相変わらずで特に驚いた様子もなく
How do you say alligator in Sinhala.(アリゲーターはシンハラ語で何と言いますか?)と、道場生と会話していました。
 実は私も初日こそ英語とシンハラ語の区別すら出来ず、話しかけられると緊張し固まっていました。しかし3日目ともなると緊張することもなく、何となく言っている意味が分かるようになり、徐々にコミュニケーション出来るようになってきました。スリランカに慣れてきた自分がいます。

 因みにホテルの範士の部屋にはでっかいトカゲが、私の部屋にはハチがぶんぶんといった状況で、ワニも珍しい事ではないようです。

 ランニングのあとは、一旦、ホテルに戻ってシャワーと朝食を済ませ、今度は道場で9:00~12:00まで昇級審査会です。本日は月曜日ですが、日本から来られた範士の審査を受けたくて30名程の受審者が集まっていました。最初は緊張している様子でしたが、範士が明るく一人一人にアドバイスされてよい雰囲気になった所で私の号令で審査スタートです。
 審査内容は日本と同じですが、驚いた事がありました。なんと白帯を含め少年部も全員が日本語に対応したのです。範士が日本の審査に英会話を入れたいと言っておられる事の本当の意味が分かりました。

 審査は順調に進み、後半は組手審査です。カル師範とジェシリ師範代が体格の近い道場生同士を組ませます。一組ずつカル道場特設リングに上がり組手審査開始。私も数名を相手をしました。昨日の演武、審判(海外での)に続き、リングでの組手と初体験ばかりです。本当によい経験をさせて頂きました。
 最後は体力テストで、腕立て伏せ日本の昇級審査同様に50回行いました。範士より昇級状を渡され、全員合格で無事終了いたしました。

 予定より1時間早く終了したため、ジェシリ師範代の会社を見学させて頂くことになりました。スリランカの主な産業はセイロン茶とココナッツを加工した様々なもの(燃料、肥料)、それから、車のダッシュボードなどに使われているラバーだと、ジェシリ師範代から教えて頂きました。ジェシリ師範代の会社は加工品を裁断したり、加工する機械を製作する会社だそうです。会社は道場から1時間ほど離れた場所にありました。途中、タンビリー(ココナッツの実)を初めて飲みました。テレビや映画でココナッツを切って中のジュースを飲むシーンを見たことがありましたが、これかと思いながら、異国の地にいることを実感しながら甘くて美味しいタンビリーを頂きました。

 遅い昼食を済ませ、今度は道場稽古です。昨年、範士が訪問されたのは4月でした。お話では50℃近い気温になるとお聞きして覚悟していましたが、今回は30℃前後で小雨もよく降り、予想に反してとても快適でした。道場生の話では、通常クルネーガラは、8月は雨が降らず50℃近く気温も上がるそうです。今年のスリランカは異常だそうです。You’re in luck.と言われました。日本では雨が降ると湿度とともに不快指数もあがりますが、スリランカでは雨が降ると涼しく快適になります。同じ地球でこんなに違うのかと思いました。

 道場稽古は範士のご指導のもと、基本、移動、2人1組での約束組手(受けと同時に崩す)稽古と進んで行きます。しかし…。稽古最後の皆さん一番期待していたトンファーと棒を使った武器術の組打ち(2人1組で行う)の時に、私が大失態をやらかしてしまいました。2パターンある組打ち形の1つが思い出せず、頭の中が真っ白になって体が動きません。急きょ範士の機転で棒とトンファーをそのまま使った別メニューになりました。

 稽古後「あぁ、やってしまった。範士と道場生に迷惑を掛けてしまった。」と凹んでいる私に、範士はアメリカ時代の失敗談をお話しくださり、
「失敗するのも何か意味あるんだよ。」
「大事なのは相手が困っている時、失敗した時にフォローすることだよ。」
「お互いがフォローし合えれば幸せになれるんじゃないかな。」
と言われ、日本から遠く離れたスリランカの地で『惻隠の情』をご指導頂きました。

 ホントに救われました。有難うございました(ボホマスツーティー)

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 気を取り直してPM5:00からの山登りの稽古に向かいました。アトガラと言う白い巨大な仏陀像のある霊験あらたかな山です。頂上まで舗装はされていますが傾斜が厳しく、ランニングとウォーキングの繰り返しです。途中、年齢は私と同じくらいでしょうか(45歳前後)、お坊さんの道場生がスリーディール(三輪のタクシー)で私達の横を通り過ぎていきます。

 ズルしたお坊さん道場生に範士が気付き、あえなくお坊さん道場生は他の道場生たちにタクシーから引き降ろされて、しぶしぶ皆と歩くことになりました。大会の時には法衣(僧侶が着用する制服)を身に付け範士の横に座られていたので徳の高いお坊さん?と思っていたのですが…笑!

範士曰く
『あの人、面白いから友達になったらいいよ(笑)』

 そして30分後、やっとの思いで頂上まで辿り着きました。頂上から一望した夕焼けに染まったクルネーガラを観た瞬間、その日の疲れ全てが吹き飛びます。美しい、美しすぎる、涙がでるくらい綺麗なのです。

 後からお坊さん道場生たちと来られた範士が「写真じゃ伝わらないんだよねぇ。」と言いながら、私や道場生を写されていました。範士の仰る通り、写真では美しさをお伝えし切れないのが残念です。夕陽とクルネーガラの絶景をバックに基本稽古と記念撮影、下りの途中でカル道場のプロモーションビデオ(宣伝用)の撮影にも参加させて頂きました。

 本日も大変充実した一日でした。ボホマスツーティー

インド洋セミナーと社交界デビュー

22. August,2017 Tuesday

 今朝はAM5:30にカル師範が迎えに来られバスで移動です。定員オーバー気味のバスに範士と道場生約30名ほど乗り込み出発しました。途中、範士と私はジェシリ師範代の車に乗り換え、ミーガムアと言う町で朝食を取り、およそ2時間弱で目的地のブラウンスベララに到着しました。ビーチをシンハラ語ではベララと言います。車を降りると見渡すかぎりの水平線、どこまでも続いているような広大な砂浜。この時点ですでに感動です。

 少しビーチを散歩したあと、道衣に着替えセミナーの開始!

 はじめに範士が『掃除』の大切さをお話されて、保護者、見学者も含め参加者全員(約50人)で自分たちが使用するビーチの清掃からです。そして、いよいよインド洋の海に入り稽古開始です。打ち寄せる波が強くバランスを取るのが大変でした。また、少年部は大喜びですが波は日本の台風並みの強さです。

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 範士が少年部には危険と判断され、保護者にもご協力頂き少年部は浅瀬で行いました。セミナーの内容は、基本から移動稽古、2人1組になり相手を変えながら投げ技、組技の稽古です。形はジェシリ師範代のリクエストで『安三/ヤンツー』を行いました。
 最後は膝まで海に浸かり組手の稽古です。全員、暑さも忘れて元気いっぱいで、とにかく日本から来た範士の稽古が受けれることを楽しんでいました。当初、夕方まで休憩をいれながらビーチでセミナーの予定(ジェシリ師範代作成)でしたが、少年部も多く、道場生の体力面も考慮し、範士の判断でセミナーは昼までとなりました。夕方まで続けていたら熱中症などの心配や何人か倒れていたかもしれません。

 その代わり、昼までにクタクタになるほどご指導頂きました。
 私はインド洋での稽古を満喫し、よい意味で私の感覚、常識が変わって来ました。このままスリランカで、のんびりと朝は海辺の清掃の仕事でもしながら、夜は空手の指導をする、そんな生活もいいかな、などとも思ってしまいました(笑)。

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 セミナーが早く終了した為、稽古はカル師範と指導員にお願いし、範士と私はジェシリ師範代の案内で、遠回りしながらスリランカの色々な街を案内して頂きました。
 スリランカは、北海道と同じくらいの広さだそうです。街並みの風景は、日本で例えるなら昭和の初期と昭和の終わり頃がいっしょになった感じです。道路には信号機がなく、実際に見たのは1機だけです。各都市は車、バイク、三輪自動車、人で溢れていました。裸足の人たちも沢山見ました。あとはジャングルと言った感じでしょうか。

 また、範士とジェシリ師範代の会話から、不安定な政治や、学校に行けない子供達の多さ等が聞き取れました。私自身、そうしたスリランカの人々を目の当たりにして、いかに日本が豊かで裕福で恵まれた環境なのか、学校で勉強ができることが、空手を稽古できることが如何に幸せで恵まれたことなのか、改めて実感させられました。

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 クルネーガラに戻ったのは15:30、ジェシリ師範代が友人を紹介したいからと言うことで、その方の会社に立ち寄ることになりました。ご紹介頂いたのは、ラルさんという地元の名士で実業家の方です。年齢は私と同じくらい(45歳前後)で、とてもフレンドリーな方でした。また、私達が立ち寄った彼の会社(工場)は、ココナッツの皮を加工し固めてボードにしたり、野菜や植物を植える肥料を製造する所でした。工場を見学中、ラルさんから今晩、範士と私のさよらなパーティーを開催しましょうとご提案頂き、夜はパーティーになりました。

 17:00にホテル(ホテル名カムラㇽ)に戻り、ジェシリ師範代が19:00に迎えに来るとのことでした。インド洋で使った道衣をシャワー室で手洗いし、少し休みました。

 19:00を少し過ぎたところでカル師範、ジェシリ師範代が迎えに来られパーティー会場へと向かいます。途中、指導員の方が乗り込み5人になりました。会場のラルさんの別荘に着いたのが20:00少し過ぎで、なんと別荘はジャングルの中にありました。

 会場にはラルさんの会社の方々やご友人も沢山呼ばれていました。また、外庭にはサーピナー(アコーディオンににた楽器)やドールキー(伝統的な太鼓)の演奏者がスリランカミュージックを奏で、まるで社交界のようでした。範士からも「中里君、社交界デビューじゃん!」と言われ、これまた初体験をさせて頂きました。

 出国前、範士がいわれた「コミュニケーションに大事なのはハートだよ。言葉は二の次」と言われたのがよく分かりました。渡航が決まって範士や道場生の英会話の先生から教わった付け焼刃の英語でしたが、多くの方々と交流ができました。スリランカ料理は一部を除けば、辛いものが不得手な私でも美味しく食べることが出来ました。社交界ではジェシリ師範代の歌やダンスも見れました。この日も過密スケジュールでしたが充実した一日となりました。

 ちなみにスケジュールは非常に過密で、毎朝4:00起床、夜23:00頃に部屋に戻ってからも私はレポートの下書きです。範士も私もスリランカに来てからは、平均3~4時間しか寝ていません。

 そして、いよいよ明日はスリランカ最終日です。

~つづく~

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