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スリランカ訪問記2017 vol.1 プロローグ&大会編

 この度、私こと中里真也は、高見彰最高範士に同行してスリランカ支部の指導に行って参りました。以下、訪問記として皆さまにレポートにてご報告申し上げます。乱筆乱文で読みつらい部分があるかと思いますが、何卒、ご容赦ください。

南予地区師範
中里真也 押忍

プロローグ

 遡ること5月初め、範士より師範並びに師範代全員に1通のメールが届きました。

『8月にスリランカで大会と審査会そしてセミナーを行います。つきましてはご同行頂ける方(指導者)1名を募集いたします。航空券、宿泊、滞在費は全て負担いたします。』

 昨年4月に範士がお一人で行かれ、11月にはスリランカ支部からカル師範、ジェシリ師範代、ジェシリ師範代のご子息プールネー君が来日されて、共に稽古をしました。その時から漠然といつかスリランカに行ってみたいと思っていました。そんな折、範士のメールに私は「チャンス」と迷う事なく応募しました。家族は、昨今の海外の治安状況の悪化に心配していましたが、最後は快く送り出してくれました。
 
 スリランカ支部から予定表が届いたのは、8月6日の帯研の日。スケジュール表には、17日の羽田発~上海経由~コロンボ着となっていました。範士から
『まだ航空券が届いてないけど慌てることないよ(笑)』と言われましたが、この時は「慌てることないよ」の真意がわかりませんでした。
 
 そして出国前日の16日朝、まだスリランカ支部から航空チケットが届きません。心配する私を尻目に範士は一向に焦った様子がありません。松山空港で羽田行きの便を待っている時、やっとスリランカ支部からメールで航空チケットが届きました。ただチケットは、羽田発から成田発のスリランカ直行便に変更されていたのですが…、なんと出発日が二日後の19日なのです。

『いやぁー、これで出発できるね。よくある事だよ(笑)』と、範士はアクシデントを楽しんでおられるようでしたが、とても私にはマネはできません。

 安堵した私の横で、範士は手際よく渡航までの成田のビジネスホテルを手配して、東京在住の先輩にチケットをメール転送して印刷を依頼し、夕食をご一緒する時に受け取る段取りをされました。そして夜、品川のレストランで極真修行時代からの先輩お二人と私の四人で夕食をご一緒し、範士の内弟子時代の貴重なお話をお聞きしました。

先輩お二人には、感謝申し上げます。
ありがとうございました。

 その後、ホテルに戻ってひと段落
『出発前にこれでは現地では色々なハプニングが起こりそうだな、いや!絶対起こる!』などと思いを巡らしつつ部屋の明かりを消しました。

 そして19日、AM11:20成田発~コロンボ行きに搭乗です。海外初の私にとって国際線の広さや外国人の多さに戸惑いながらも、範士から出国カードの書き方や入国審査官に対しての英会話のアドバイスなど頂き準備万端。いよいよ飛行機に乗り、さあ出発と言うときにアクシデント発生です。天候の影響で滑走路が渋滞し、結局、1時間40分遅れの出国、約9時間の長い空の旅となりました。

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 コロンボ国際空港に到着した時は19:00、時差が3時間30分です。空港では、カル師範とジェシリ師範代が出迎えてくれました。再会を喜び合い、ジェシリ師範代の車で夕闇迫るコロンボを後にクルネーガラへの2時間のドライブです。

 早速、ジェシリ師範代が私に話しかけてこられました。そして車中、明日の大会の打ち合わせになり、範士からは
『中里君、明日は演武宜しくね。』
『それから主審もお願いしますね。』
と言われ、
『オッ 押ッ押忍』
と、辛うじて答えました。
もう、やるしかありません。

 ホテルに着くと道場生10名ほどが出迎えてくれました。範士が去年滞在された同じホテルです。範士は、道場生だけでなくマネージャーの方やウェイトレスさん達との再会も楽しまれ、歓迎会も行って頂きました。また、同時にジェシリ師範代のご子息プールネー君の13歳の誕生日会も催されました。

 食事も終え(ラサイ:美味しい)、範士から明朝の予定をお聞きし、実に10時間以上の移動の長い長い一日が終わりました。部屋で一息ついたのは日本時間で夜中の2時過ぎです。

TAKAMI KARATE SriLanka Tournament

20. August,2017 Sunday

 スリランカ到着して翌日20日には、第1回TAKAMI KARATE SriLanka Tournamentが開催されます。朝食を済ませた後、範士から部屋を出る際、食事の際、様々な場面で『チップ』が必要だと教えて頂きエクスチェンジ(両替)をホテルのフロントでお願いしました。私は部屋を出る時に枕の上に100ルピー(日本円で172円)を置くだけでした。あとはジェシリ師範代と朝食などは範士が支払ってくれました。物価は日本の約3分の1くらいでしょうか。

 AM7:30頃、ジェシリ師範代が車で迎えに来られ、会場へ向かいました。会場に行く途中、時間があるからとクルネーガラレイク(湖)に立ち寄ります。
『中里君、予定がコロッコロッ変わるけど、気にしてはいけませんよ(笑)』と範士に言われ、段々と分かってきました(笑)。

 それでも開会式まで30分を切っても会場に行こうとしないジェシリ師範代に、さすがの範士も業を煮やし
『そろそろ会場に行きましょう。』と伝えて、やっと会場へと向かいます。

 会場へ着くと範士と私の等身大の大ポスターが入口に飾られ、改めてスリランカ支部道場生の期待が大きいことを肌で感じました。開会式のセレモニーでは、ジェシリ師範代から範士と私の紹介があり、範士のスピーチに、道場生だけでなく保護者の皆さん、他流派の先生方、選手の方々も感心されていました。

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 いよいよ試合スタートです。

 試合ルールと形式(審判構成等)は以前所属していた極真松井派とほぼ同じです。私の演武と主審は午後からなので、まずは見取稽古をさせていただきました。時折、範士から「中里、どう思う?」と聞かれ、範士のグローバルな視点がよく理解でき勉強になりました。また、私なりにルールの明確な統一化や審判の動作の簡素化等、日本に帰ってからも役に立つ改善点、反省材料も見つかりました。
 
 そして、少年部試合も終わりに近づき、後半開始に行われる私の演武が迫ってきます。

 午前中の少年部試合の際、総合司会のジェシリ師範代から「あと2試合で終わりです。この後ランチです。」と言われましたが、10試合はしました(笑)。しかも、ほとんどの試合が再延長を行い1時間ほど予定より遅れました。時折、範士が審判団に説明されますが、改善にはきちんとした講習会をしなければならないと感じました。私は、英語もシンハラ語も分かりませんが、範士は日本でご指導される時と同じように個人の良い点もきちんと評価されて、審判が委縮しないよう配慮されていることがわかりました。
 

演武と酔っぱらいの通訳

 実は、あまり活躍はされませんでしたが、サマさん(48歳男性)というスリランカ人インタプラー(通訳)にお越し頂いておりました。

 サマさんの日本語は完璧と言ってもよいのですが、範士が伝えてくださいと言っても通訳はせず、範士や私との世間話しに夢中でした。
 例えば、主審は交代がありますが副審が休憩なしの為、範士が「サマさん、副審を休ませないといけないから、進行係に伝えて来てください」といっても、サマさん「だいじょうぶ。」、範士「トイレだって行きたいでしょう」、サマさん「スリランカ人は我慢強いから、だいじょうぶ。」といったやりとりの連続です。

 範士が「中里君、サマさん酒臭くないか?」「オッス酒臭いです。」私が「サマさん、お酒好きですか?」と聞くと「昨日、浴びるほど飲みましたヘヘへェ(笑)」と返ってきました。範士「中里君、怒ってはいけないよ、ここは海外だよ。」私「オッ押ッ押忍(焦り)」

 また、午後の試合の前に審判団に判定基準をシンハラ語で伝えてもらうよう約束していましたが、試合が始まって少ししてからサマさんが戻ってきました。範士「サマさん遅いじゃないですか」、サマさん「我慢できずに飲んできました。ヘヘヘェ(笑)」、範士「中里君、僕はねぇ、ちゃんと通訳してくれる人にあたった事がないよ(笑)」、私「オッ押ッ押忍。」

 昨年「あなたの日本語わからない!」と日本人の範士に言い放った「通訳できない通訳」アノシカさんに続き、今回は「通訳しない酔っぱらい通訳」サマさんと、範士の受難が続きます。

 それでは話しを大会に戻して、午後は昨夜、ジェシリ師範代から伝えられた私のスペシャルデモンストレーションからです。私が準備を始めると選手の方々が興味があるのか沢山の人が集まって来ました。スリランカの方々に武具(トンファー)が新鮮に映ったのかもしれません。TVカメラもありましたが不思議と緊張はなく、非常によい状態で『観空』、その後『泰山/トンファー型』ができました。

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 大きな拍手の余韻に浸る間もなく主審の制服に着替えて、各階級の決勝戦を裁きます。

 範士からは「いつも通りにやったらいいよ」と言われました。副審は、トイレに我慢強いスリランカ人4名です(笑)。決勝には高見空手の選手も多数残り、高見空手VS他流派との白熱戦で、観客、スタッフ、道場生、会場全体が盛り上がりました。

 私も無事に演武と主審を務めることができ、少し楽になりました。
 
 最後は表彰式です。入賞者一人一人に最高範士から賞状、メダル、トロフィーが手渡され、試合中の緊張していた選手も皆さん笑顔になられていました。閉会式のあとも範士と私は記念撮影を頼まれ、「クジュー テイクァ フォト ウィズ ミー」状態でした。

 初めて、海外の大会を経験させて頂き、感じたことはスリランカを観る事で、いままで見えなかった日本での改善点や、逆にスリランカ大会の改善点が見えたことでした。
 また、スリランカでは、日本と違って極真の諸流派はじめ各団体/流派、派閥間の垣根が低く、皆が交流しているのがわかりました。

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 帰りの車の中で範士から「演武も上手い、審判も上手い、君のおかげで大成功したよ。君に来てもらって良かったよ。有難う。」と言って頂き救われました。正直、この言葉を聞くまでは英語もできない、海外も初めてという私では範士の足でまといにならないかと不安もありました。
有難うございます、押忍。

 こうしてスリランカ到着早々の大会を何とか無事?に乗り切ることができました。

~つづく~

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