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武士道の源流を探求する 番外編 〜大和撫子七変化!〜

 先日、面白い本を入手しました。

 これは新渡戸稲造著『武士道』をマンガで紹介している本で、マンガなので読みやすくて面白いです。武士道なのに何故か表紙が女の子。ちょっと座右の書にするには恥ずかしい本ですが、是非、ご興味のある方はどうぞ!

平安時代の恋愛観

 話を戻しまして『武士道を探求する』執筆のために先生方や古くからの先輩にいろいろ教えて頂きましたが、その中に面白いエピソードがありました。

 歴史好きの先輩は中学時代、源平合戦の物語を読もうとして『平家物語』でなく『源氏物語』を購入してしまったそうです。そしてワクワクしながら読み始めたら恋愛小説…

嗚呼、先輩!
諸行無常の響きあり

(後から聞いた話で、間違って「源氏物語」を購入したのは「勝者が物語のタイトル」という先入観からだそうです。私は、負けた「平家」をタイトルにしているところに日本人の惻隠の情や『剣魂歌心』を感じてしまいました。)

 ところで『源氏物語』は、みなさんご存知の通り古典の代表作で、主人公の光源氏の恋愛遍歴の物語です。そして何と光源氏の恋愛相手は15人。先輩は『平安時代が羨ましい』と悔しがっていました(苦笑)

 実は、源氏物語よろしく平安末期の貴族の男女関係は相当乱れていたそうです。私は、現代の価値観で評価するのは的外れと考えていたところ、当時も貴族たちの恋愛観に怒っていた方がいることを知りました。

 その人物とは『北条政子』、初代将軍;源頼朝の妻です。

北条政子

1157~1225年(享年:69歳)
北条時政の長女
源頼朝の正室

エピソード

 源頼朝は、父の義朝が平治の乱に敗れたために伊豆国に流されます。そして政子は、父の北条時政が見張り役に就いたのが縁で頼朝と出会い、周りの反対を押し切って結婚します。
 後に源義経の愛人が義経を慕う歌を詠んで頼朝が激怒した時、政子は
『私たちも許されない恋をして結ばれたではないですか。』と、頼朝をたしなめて事なきを得ます。
 また、長男の頼家(2代将軍)、次男の実朝(3代将軍)が立て続けに暗殺されたのを機に、後鳥羽上皇が幕府を滅ぼそうと戦いを挑んで来た時、政子は、
『頼朝公の恩は山よりも高く、海よりも深い。しかしながら、もし上皇方につきたい者がいたら、名乗り出るといい。好きなように上皇の元に行くといい。』と檄を飛ばして、上皇との戦いに躊躇していた武士を奮い立たせて勝利へと導きました。(承久の乱)

大和撫子の始まり。尻に敷かれるのも武士道!

 北条政子は、何より政治を疎かにして恋愛にうつつを抜かしてきた貴族たちを嫌悪し、同じ轍を踏まないよう鎌倉武士と妻たちの風紀を正し、武士の妻としてのあり方を示しました。こうして社会的には夫を尊重し立てて従いつつも、家庭内ではしっかり夫を尻に敷くという、凛とした大和撫子の文化が誕生するのです。

 刑事コロンボではありませんが、妻のことを「うちのかみさん(神さん、上さん)」と呼ぶのは、もしかしたら尻に敷かれた鎌倉武士たちの「自分よりも上の妻には逆らえないんだよ、涙!」という嘆きからきているのかも知れません。お殿さまを「上様(うえさま)」、お役人を「御上(おかみ)」と呼んでましたし、やはり妻は「上さん(かみさん)」でしょうか。

 よく「日本も西洋文化の影響を受けて男尊女卑からレディーファーストになりつつある」「レディーファーストは文明国の証」と言われますが、実のところ武士道では、西洋と形は違えど「いい国作ろう鎌倉幕府」の時代から既にレディーファーストだったようです。

 だから師範/先生方はじめ武士道を志す高見空手の男性諸氏は、初代将軍:源頼朝公に倣って

『古来より、妻の尻に敷かれるのも武士道』

と諦め、武道家として奥さまを大切にしてください 押忍!

 しかし、北条政子がいなかったら鎌倉武士たちも貴族文化の影響を受けて質実剛健を失い、後の元寇で果敢に戦って国難を乗り越えられなかったかも知れません。日本史における貴族政治から幕府という軍事政権への移行は、ある意味、国難に備えた歴史の奇跡としか言いようがありません。

源平交代論

 それでは最後に『源平交代論(源平交代思想)』という都市伝説を紹介します。これは平安時代末期より明治維新に至るまで、日本の政治は豊臣秀吉を除き源氏と平家が交互に担ってきたことです。

源義家(源氏)⇒平清盛(平家)⇒源頼朝(源氏)⇒北条義時(平家)⇒足利尊氏(源氏)⇒織田信長(平家)⇒(豊臣秀吉)⇒徳川家康(源氏)

 みなさんご存知の通り、北条政子は平家です。そう考えると源氏の統領;頼朝公を尻に敷いた平家の北条政子が源平交代サイクルに大きく影響したのかも知れません。

 いづれにせよ清和源氏に桓武平家と、二大武士団は共に皇室を祖とし、伊勢に祀られる天照大御神は女神様。道場でも女神の天照大御神さまが真ん中で、両脇に鹿嶋/香取の男神さまを従えて祀られてます。これからも益々、大和撫子が活躍されるのではないでしょうか。われわれ男性陣も負けづに頑張らないといけないですね。

以上で正拳コラム「武士道の源流を探求する」は終わりです。

 執筆にあたり様々な情報提供やご指導アドバイスをいただきました先生方と先輩、3部作+番外編という超大作をお読みいただきました皆さま!
誠に有難うございました。

高見彰 押忍!

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